[1999.03.19] |
聴いているだけで無闇に笑い出したくなる音楽はそうざらにあるものではない。しかし、この2枚組を聴いているととにかくやたらと興奮してくるし、その凄さのあまりに徐々に口の端がゆるんでくる。あまりにも強烈な、風化することを知らない音の塊。遮二無二(しゃにむに)エレクトリック・ギターを掻き鳴らし、激情の迸りを聴衆の上に打ちつけていたあの頃のWedding Presentの存在証明。そして、歴史的記録。
もう何度もしつこいくらいに当サイト上でも説明してきまいりしたが、改めてこのアンソロジーCDについて説明すると、The Wedding Present(以下TWP)の英RCA在籍時、1989年から1992年までの間にリリースされた最初の5枚のEPのカップリングを含めた全楽曲に加え、その間に録音された未発表曲や様々なオムニバス・アルバムに収録された曲、そして90年のLeedsでのライヴからのナンバー、諸々合わせて33曲を2枚のCDにまとめたもの。企画編纂は現在北米でこの英RCA時代の作品をリイシューしているカリフォルニアのインディーズ・レーベルManifesto(それにしても、こういう重要なプロジェクトが母国イギリスではなく、北米の契約元が主導になっている事実には一抹の寂しさを感じます、個人的には)。
この様な企画が成立した背景には、彼らのEPのカップリングのほとんどがアルバムに収録されておらず、またステージでも頻繁に取り上げられる曲や、どう考えても「そのアルバムの雰囲気に合わなかったから外しただけ」としか思えない強力なナンバーが目白押しで、この時期のバンドの充実ぶりをまざまざと見せつけられる内容になっているがゆえ、既にそのEPのほとんどが入手困難なこの時期に誰もがまともに、容易に聴ける編集盤が欲しい!という切実な需要があった事。そしてそういう時期の録音物であれば、例え些細な未発表作品/未収録作品であっても、見逃しておくわけには行かない、という長年のコアなファンからの見えざる期待感(?)があった事が挙げられます。
これまでベスト盤的な作品がありそうで無かった人達ではありましたので、ここまでのヴォリュームと質を伴って、ほぼ完璧な形(と、言っても良いでしょう)で楽曲がまとめあげられた事には感謝しなければなりません。とにかく、これでTWPを聴いた事が無い、という方にようやく自信を持って推薦出来る作品が登場しました。嘘じゃないです。これこそがTWPのビギナーズ・ガイド足り得る初めてのショーケース、そして古株のファンや中堅のファン(そんな言い方はおかしいのだけど)にとっては最後のパズルのピースが埋まった様な感慨を覚えさせられる、ミッシング・リンク的好編集盤です。
Disc One:EP収録曲
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#1-4 : Kennedy EP [Oct. 1989]
1. Kennedy/2. One Day This Will All Be Yours/3. Unfaithful/4. It's Not Unusual |
最初の4曲は1989年の2ndアルバム『Bizarro』の先行シングル。#1はアルバム・ヴァージョンと同じ。イントロのキリキリする様なギター・カッティング、終盤にかけて2本のエレクトリック・ギターが激しく交差する竜巻の如き様相。緊張感に溢れた、息をも付かせぬ素晴らしい1曲です。#2-4はアルバムには未収録。#4はあのトム・ジョーンズのカバー・ソング。この頃から彼らは昔のポップスを独自に解体して、かなりグチャグチャな「ギター・ロック・ヴァージョン」へ昇華させていく、「お家芸」を獲得していきます。
実はこの3曲、当時リリースされた国内盤の『ビザーロ』[BMG R32P-1240]にはボーナストラックで収録されていたため、個人的にはそれほど新味は無いのですが、何よりも当時のお粗末な音質に比べ、リマスタリングによってかなり音像が鮮明になった感があり、既にこの辺で顔が緩みっぱなし(笑)。
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#5-8 :Brassneck EP [Feb. 1990]
5. Brassneck/6. Don't Talk, Just Kiss/7. Gone/8. Box Elder |
彼らの猛攻が始まった90年の重要なカタログがこの"Brassneck EP"。2ndアルバム『Bizarro』からのシングル・カットですが、ここで彼らにとっても大きなエポックとなるSteve Albini氏との共同作業が幕を開けます。
80年代初頭に自らアーティストとしてBig Black, Rapemanを率い、その後のUSインディーズ/オルタナティヴ・シーンの道標となるヘヴィー・サウンドを確立したパイオニアでもあり、またエンジニアとしてPixies, Nirvana, P.J. Harveyなどなどの作品に関わり、数多くの偉業を成し遂げてきた「Mr. Big Sound」、それがSteve Albini。
このEPではアルビニ氏がロンドンへ出向き録音された4曲が収められていますが、今回のCDにはそれに加え、このセッションで録音されたらしい未発表テイクが収録されています(それについてはDisc 2の欄で後述)。
#5は『Bizarro』のオープニングを飾っていた同曲を再レコーディングしたもので、テンポは若干遅くなっていますが、熱量は3倍増し、と言いましょうか。アルバム・ヴァージョンと比べても遜色無いテイクです。
#6-8はアルバムには未収録ですが。#6, 7共に彼らのキャリア上でも最もハードなナンバーだと思います。#8はPavementのカヴァー。
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#9-11 : 3 Songs EP [Oct. 1990] 9. Make Me Smile (Come Up and See Me)/10. Crawl/11. Corduroy
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場所をアルビニ氏の本拠地シカゴへと移し、遂に歴史的な大傑作である91年の3rdアルバム『Seamonsters』への布石となるレコーディングへと取りかかります。
そのアルバムに先駆ける事7カ月前に発表されたのが"3 Songs EP"。
#9は70年代のグラム・ポップ・バンドSteve Harley & Cockney Rebelの大ヒット曲のカバー。ここでもエレクトリックギターが全編で唸りを上げるとんでも無いヴァージョンへと生まれ変わらせています。終盤のワウ・ギターのリフもカッコイイ!
#10はもしWedding PresentにOasisの『Masterplan』(注:ファンの人気投票で収録曲を決定したシングルB面集)の様な企画があったら、間違いなくファン投票No.1に選ばれるであろう人気曲です。現在でもライヴのレパートリーになる程で、最も再発が待ち望まれていたトラックと言えるでしょう。実際、これは全キャリアを通しても名曲の1つに数えたくなる楽曲だと思います。軽やかなアコースティック・ギターのイントロから始まり、ランニング・ベースがリードする全体の構成もかなり意表を付いている感じ。実は'93年の初来日時でも演奏された曲なので、個人的な思い入れもかなりあります。
#11は後に再レコーディングされたヴァージョンが『Seamonsters』に収められます。かなりラフな録音(しかしリマスタリングの効果か、ここでもかなり楽器間の音の分離が鮮明になった感触あり)ですが、こちらも甲乙付け難い出来。
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#12-14 : Dalliance EP [April 1991] 12. Dalliance/13. She's My Best Friend/14. Niagara |
そしてわずか12日間で録音されたという、尋常ではなく充実したレコーディングを経て、'91年5月末に発表された『Seamonsters』のオープニング・トラック"Dalliance"が先行リリースされます。以前インターネット上で行われたアンケートでもNo.1になった名曲。ジャケットには明記されていませんが、これもシングル用にイントロを4小節ほどEDITしたヴァージョンです。
#13は前年に発表されたVelvet Undergroundのトリビュート・アルバムに参加した際にも収録されたカバー・ソング。#14はやはり#10の"Crawl"同様、B面人気曲の1つ。余談ですが、当時リリースされていた『Seamonsters』の日本盤[BMG BVCP-132]にはその2大名B面曲が何の注釈も無しにボーナス・トラックとして収録されていました。しかしアルバムの流れを全く寸断せず、むしろ締め括りとしての堂々とした存在感を放ち、つまりそれだけこの2曲は埋もれさせるには惜しいナンバーでした。
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#15-18 : Lovenest EP [June 1991] 15. Lovenest/16. Mothers/17. Dan Dare/18. Fleshworld |
アルバム『Seamonsters』からのシングル・カット。#15はイントロのS.E.をカットしたシングル用のEDITです。#16はJean Paul Sartre Experienceというニュージーランド出身のロック・バンドのカバー・ソングですが、ほとんど3コードしか無い様な単純な展開の、シンプルな曲なのに、異様にグルーヴ感を湛えたアレンジになっていて、相当唸らされます。こういう曲を格好良く聴かせられるバンドは本当に少ない、いまだに。
今回久々に聴いてかなり驚いたのが#17と#18。当時はヘヴィー&ダークな『Seamonsters』モードにどっぷり浸かっていたせいか余り気にならなかったのですが、この2曲は明らかに次に来る『The Hit Parade』シリーズを予兆していたかの様な趣があります。#17はインスト曲ですが、彼らの作風にはあまり無かったサーフロック調のメロディ・ラインをDavidが書いていた事には今さらながら驚かされます。
ちなみにこの"Dan Dare"とは、イギリスで1950年に刊行されたFrank Hampson氏作の大変有名なSci-Fiコミック『DAN DARE -Pilot of the Future-』の主人公の名前で、実際にその作品からインスパイアされたもの。コミック・フリークのDavid Gedgeの趣味でしょう("Dan Dare"の関連サイトは数多く存在しますが、代表的なサイトhttp://www.dandare.org/とhttp://www.tauspace.freeserve.co.uk/dan_dare.htmを挙げておきます)。
#18はイントロからベースが唸りを上げるパワフルこの上ないドライヴィング・チューン。
実はJohn Peel氏が毎年主宰している恒例の人気投票「Festive 50」の'91年度のランキングにおいて、カップリング曲ながら14位という高人気を得ていたナンバーでもあります。
Disc Two:レア・テイク集+ライヴ |
#1 : I'm Not Always So Stupid |
オリジナルは88年、Receptionレーベル時代のEP"Nobody Twisting Your Arm"カップリングの曲で、現行のCD『George Best Plus』でも聴けます。今回のは89年のオムニバス作品『Lie to Me』[Umbrella U1]に収録された別テイク。オリジナルのテイクよりさらにテンポアップさせていますが、この人達の場合同じ曲を再録音する度に凄みが増していくような印象が個人的にはあります。本CDのクレジットに拠ると、この楽曲のドラムスは2代目のSimon Smithなので、オリジナル・ヴァージョンにおける初代のShaun Charmanのテイクと聴き比べてみるのも一興かと思います。
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#2 : Don't Dictate |
70年代末に活躍していたイギリスのポスト・パンク/ニュー・ウェイヴ・バンドPenetrationの代表曲のカバーで、90年のオムニバス作品『Airspace 2: The Sequel』[Breaking Down LP3]のためにレコーディングされたもの。曲調は典型的な「どパンク」。音のクリアーなギター・ウルフ、という感じもします。クレジットに拠るとSteve Albini氏の録音なので、おそらくは先の"Brassneck EP"のセッションで録音されたものでしょう(録音状態の感触から言っても、同年の"3 Songs EP"でのセッションでの録音とは考えにくいのですが...)。なお、オリジナルLPではイントロ前に数秒感のアンプノイズが聴けましたが、ここではギターのフィードバック音の途中からフェードインする様な処理が為されています。
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#3 : Crushed |
同じく90年の"Brassneck EP"のセッションで録音された、今回初登場となる未発表テイク。曲そのものは"Brassneck"同様、前年発表の2ndアルバム『Bizarro』に収録されていたもので、アルバム・テイクでもあれだけ激しかったナンバーがどう生まれ変わったのか、個人的な注目度は本CDでも最上級でしたが、これは期待を相当上回りました。「目からウロコ」とはこの事。ぜひお聴き頂きたいです。おそらくシングル用に録音して、オクラ入りしてしまったのでしょう。
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#4 : Cumberland Gap |
このDisc2には92年『The Hit Parade』時代の音源も入ってくるのですが、この曲はその92年暮れにリリースされた、N.M.E.とBBCラジオ局が企画の3枚組のコンピレーション・アルバム『Ruby Trax』[Forty NME40CD]に収録されていたナンバーです。Lonnie Doneganの1957年のヒットのカバー・ソング。原曲のスキッフルのリズムを崩す事無く、クールに決めていますが、クレジットに拠るとギターがオリジナル・メンバーのPeter Solowkaで、ここで疑問が生じます。彼は91年の『Seamonsters』のリリース前後に脱退しています。エンジニアのクレジットがDisc1#13の"She's My Best Friend"と一緒の人物である事から、おそらく録音は90年末頃でしょう(もしクレジットが正しければ、の話ですが)。まあ、こういう些細な事が判明するのも、長年のファンには密かな楽しみではあります。
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#5 : Blue Eyes (Radio Remix) |
もう1つの「目からウロコ」。おなじみ92年の『The Hit Parade』シリーズ第1弾シングル。アメリカで当時のRCA時代のカタログを発売していた会社First Warningからアルバム『Hit Parade 1』が発売された際に、ラジオのプロモーション目的でプレスされた非売品CDからのセレクト。ラジオのオンエア向けにクリアーに聞こえる様にミックスのバランスを変えている訳ですが、これが素晴らしい。元のCDでは埋もれがちだったドラムの音が前面にバキっと立っていて、なおかつほとんど聴き取れなかったDavidの声やブレスが鮮明に響いてくる。どうせなら『The Hit Parade』シリーズ全曲、こういうREMIXを施したヴァージョンで聴いてみたいものだ、と無性に思わされる非常に罪作りな(?)1曲です。公式には今回初出。
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#6 : Signal |
ほとんどPixiesな(もしくはBleedersか?)かっちょいいギターインスト。Pell Mellというシアトルのインディーズ・レーベルSSTから作品をリリースしているバンド(後に『Watusi』をプロデュースする事になるSteve Fiskが在籍しているプロデューサー/エンジニアズ・ユニットである事が最近判明)のカバーで、92年のオムニバス作品『Volume 5』[Worlds End V5CD]に収録。プロデュースのクレジットが『The Hit Parade』シリーズの後半5枚を手がけたBrian Paulsonであることから、おそらくB面用に録音してオクラ入りしたのを提供したのでしょう。
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#7-15 : Live at Leeds 1990
7. Everyone Thinks He Looks Daft (Live)/8. Don't Talk, Just Kiss (Live)/9. I'm Not Always So Stupid (Live)/10. Bewitched (Live)/11. Granadaland (Live)/12. Give My Love to Kevin (Live)/13. Brassneck (Live)/14. What Have I Said Now? (Live)/15. Take Me! (Live) |
個人的には今回の目玉。1990年9月にイギリスでリリースされたヴィデオ・ソフト『*(s)punk』でも一部収録されていた、90年夏の地元リーズでのライヴをCD化したものです。#14と15はそれぞれ"Dalliance EP"、"3 Songs EP"の10インチ・ヴァイナル盤のカップリングとして聴く事が出来たものの、CDになるのはもちろん今回が初めて。
レパートリー的にはデビュー・アルバム『George Best』からの#7, 12や先に紹介した#9など、初期のナンバーも含まれており、これをサイモン・スミスのタイトなドラムで味わえる所もキー、だった訳ですが、それだけじゃない。もうバンド・アンサンブルかくあるべし、というすさまじさ。まあお世辞に良質な録音とは言えませんし、多少モコモコした印象は否めませんが、それを補って余りあるバンドのエナジーの放熱があります。#9は再録音のテイクがDisc2の1曲目に収められていますが、そのテイクよりも速くなっているので、さらに驚きます。アルバム『Bizarro』でもかなりなファスト・ナンバーだった#11もそうですが、これだけのテンポの速さでもあまりバンドが「走って」いないように聴こえるところが、このドラムスの素晴らしい力量を感じさせます。ベースラインもよく「唄って」います。名曲#13で会場全体が一緒にシングアロングする様はかなり感動的。
残念なのはこの9曲、おそらく元の録音のせいかもしれませんが、全曲繋がっておらず、曲間が寸断された状態になっている事。しかしこれだけ「ブツ切り」なのに、曲が始まると自然にその熱気に呑み込まれていくのが、やはり圧巻。 ちなみに、かなり重箱の隅をつつく様な言及になる事を承知で言わせてもらうと、最後の#15は元々の10インチ・ヴァイナル盤では頭に1分ぐらいオーディエンスの熱気に応える(なだめる?様にも聴こえる)DavidのMCが入っていましたが、今回は容赦なくカットされています。
というのが、今回のCDの全貌です。もう、感無量!1年余り期待していた甲斐があったというものです。
最後にもう1つ。今回のアートワークはRCA時代の作品の全ジャケット・スリーヴを手がけていたJonathan Hitchen(通称Hitch)が担当しています。写真では分かりづらいかもしれませんが、このアブストラクトなデザインも秀逸だと思います。 |
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